石原莞爾顕彰会事務局より

墓参された方々のご感想・ご意見を整理の上公開させていただいております。ノートを置いた平成13年からのものです。北海道から九州まで、小学生からご高齢の方まで老若男女、記名された方のうち約2割がこのノートに思いを綴られています。中には、遠方にも関わらず、二度以上訪れる方も相当数いらっしゃいます。石原将軍への熱い思い、永久平和への願い、この国のありようを考える、将軍の生き方に励まされた等々、記述の長短に関わらず、どれも真摯な思いが感じられるものばかりです。

【おことわり】 氏名・住所等から個人が特定できないように配慮させていただきました。できる限り原文のまま転記しましたが、ご寄付、書籍購入、その他、大意に影響ないところを割愛または簡略にした部分があります。また、内容・表現が過度な場合、語彙が読み取れない場合など、整理を控えさせていただいた箇所がありますこと、ご了承願います。当会の管理上のメモは省略。 ― 石原莞爾顕彰会事務局 ―

2011年11月13日日曜日

日本中東学会参会者の墓参

11月12日酒田市文化センターにて日本中東学会公開講演会「庄内からイスラームを考える」が開催されましたが、翌13日石原将軍の墓所を訪れたいと、案内役の志賀明彦氏含む有志6名が来訪されました。旧墓所、新墓所のあと吹浦の大物忌神社をご案内しました。石原将軍の三原則碑の提言に感心されていました。また大物忌神社本殿には月山神も祀られていることに、イスラムでは「太陽」は害をなすものとされ「月」が良きものとされている、等が話題となり大物忌神社はとても品格のあるお社と賞賛されていました。余談=中東では女性に対し「太陽のように・・・」は不可で、「月のように・・・」が可であると。

2011年11月7日月曜日

山形県酒田市  性別不明

家出をしてここに辿り着きました。すごく空気が澄んでいることが感じることができました。元気になる感じです。ありがとうございます。

2011年11月5日土曜日

岩手県雫石町  男性

今年も将軍の所へ来る事が出来ました。毎年進むべく道に迷った時にふとお参りに来たくなります。世界情勢は益々混沌としてきていますが、最後は人類後史時代、将軍が唱えた建設三原則に向かわなければいけなくなると思います。注:書籍購入していただきました。

2011年11月1日火曜日

山形県米沢市 男性

祖父、木村武雄が師事し、次男に石原将軍の名を授けたほど崇拝した石原先生、ようやく墓参に参ることができました。都市解体、農工一体、簡素生活の理念を引き継ぎたいと思います。

2011年10月27日木曜日

石原莞爾ドキュメンタリー 予告編

3分の予告編がプロダクションのサイトで公開されています。

東條英機との対立を経て、特に、陸軍中枢から退いて以降がどのように描かれるのか、興味津々です。確か映画は90分ものなので、おそらくインタビューも使われない部分が多々出てくるのだと思いますが、できれば、編集前の全インタビューを見てみたいものです。映像の質が高くて素晴らしいですね。

2011年10月24日月曜日

ジャーナリスト佐野眞一氏一行の取材

10月22日(土)、将軍のご本をお書きになっている鶴岡市の阿部博行氏の仲立ちで、ジャーナリストの佐野眞一氏以下、小学館週刊ポスト編集部員、フリーランス記者の以上4名が来訪。こちらは将軍にお会いしている当会の菅原会長と事務の歌川が応対した。石原将軍について佐野氏の筆により週刊ポストに掲載、以後単行本にという計画であり、現地取材を行い、関係者できれば将軍に直に会っている人の話を聞きたいということであった。西山農場母屋があった場所を確認し、旧墓所→新墓所→日輪講堂、昼食をはさんで西浜公民館にて聞きとり取材、14時には終了した。以後、鶴岡市在住の石原平和思想研究会鶴岡支部の阿部源一氏(将軍にお会いしている)に聞き取りを行い、鶴岡市郷土資料館にて将軍の資料を当たりたい予定である。佐野氏によると終戦後から西山で逝去される迄の間を中心に書きたいとのことであった。